キャッシング 審査にライバル出現!

 そこで私は、一九八四年にマネージメント・サイエンス誌に載った、同氏の画期的論文を読んでみた。
この論文は、マルチ・ファクター・モデルから導かれる、大型平均・分散モデルを効率的に解く方法に関するものである。
解法自体には、特に目新しさは感じなかったが、H氏が並の研究者と違っていたのは、この論文をもとに自らソフトウェアを作ったところである。
 ソフトウェア作りは、アルゴリズムを組立てるのに必要な時間の一〇〇倍以上の時間がかかる。
しかしその一方で、プログラミングの能力は、個人によって一対一〇〇以上の開きがある。
日頃付き合っているK大の同僚や学生の中には、私なら半年かかるプログラムを二週間で仕上げる人がザラにいる。
恐らくH氏は、このようなプログラミングの才能を持っていたのだろう。
彼の作ったプログラム「OPTIMIZER」は広く実務家に受け入れられ、わが国の機関投資家の間でも当然のことのように使われていた。
 ここにいたって私は、はじめてファイナンス理論について詳しく調べてみる気になった。
そして一九八七年の秋、洋書売場で教科書、「Modern Portfolio Theory」と出会うことになったのである。
これは、ウォール街に近い、ニューヨーク大学のビジネススクールの教授たちが書いたテキストであるが、三回も版を重ねていることと、四〇〇〇円という手軽な値段だったのが理由で、私はこのペーパーパックを買い求めた。
 家に帰ってページをめくる過程で、私は「ファイナンス」が思った以上に身近な分野であることを発見していた。
ここで分かったのは、“ファイナンスとは、OR理論の応用そのものである”ということであった。
後で知ったことだが、E・G両教授は、ORの分野で最も古い伝統をもつ論文誌、「マネージメソトーサイエンス」誌のファイナンス部門のエディターを長く務めたコンビであった。
つまりこの教科書は、私のようなOR出身者にとって“最適な”テキストだったのである。
 E氏・G氏の教科書を読み終えた筆者は、ファイナンス分野では様々なOR手法が用いられてはいるものの、八〇年代に入って革命的に進歩した数理工学技術をまだ十分に取り込んでいないのではないか、そしてもしそうであるならば、自分もこの分野で何かやれるかもしれないと考えていた。
 折柄、わが国の証券市場の驚異的な盛況と、諸外国でのファイナンス研究の興隆に刺激されて、日本OR学会の中に、この分野の研究部会を設立する必要があるというムードが高まってくる。
そして、このとき再び私に、研究会を組織するための作業が廻ってくるのである。
 しかし、三年前の経験からして、この仕事を引き受けてくれる人を見つげるのは絶望的であった。
既に別の分野で実績のある研究者は、新しいリスキーな分野に乗り出す動機がないからである。
そこで私は、思い切って自分がこの役割を引き受けることにした。
 学会の規定上、新しい研究部会を設立するためには、三〇人の賛同者を得ることが必要であった。
そこで私は、M氏の協力を得て、金融ビジネスで働くエンジニアたちに声をかけてもらうことにした。
すると意外にも、たちまち五〇人もの賛同者が集まったのである。
このころ既に、かなりの数の理工系大学出身者が金融ビジネスで働いていた。
それにもかかわらず、彼らの拠り所となる学会はまだどこにもなかったからであろう。
 かくして、OR学会の「投資と金融のOR」研究部会は、一九八八年四月、四〇人の参加者の下で産声を上げることになった。
日本中をあのバブルが覆いつくす直前のことである。
研究会は、東京証券市場の活況に支えられて急発展する。
月一回開かれる研究会には、毎回少なくとも六〇人、多い時は一〇〇人を超える聴衆が詰めがけた。
 この研究会を通じて、われわれはいろいろなことを経験した。
業界のトップ数社はともかく、ほとんどの企業が金融テクノFジーの面で米国企業に遥かに遅れていることを知って、”日米の格差は二〇年か”と慨嘆したのは、この頃のことである。
また研究会の常連となった若手エンジニアとの会話を通じて、彼らが組織の中で置かれている苦しい立場を知らされた。
意欲も才能も十分なこれらの若者は、新しいテクノロジーに理解を示さない中間管理職との戦いの中で、神経をすり減らしていた。
 私はこの状況を見て、わが国の金融ビジネスは、このままでは国際化する市場で欧米勢に席巻されてしまうだろう、という危機感を覚えた。
本書の冒頭に紹介した竹内教授の言葉にもあるとおり、わが国の経済学者は、実際の細かい仕事は誰か別の人たちのやることだと考えている。
ところが、金融ビジネスには細かい複雑な計算がつきものである。
収益率の違いが〇・一%といえば、経済学者にとっては誤差の範囲である。
しかし投資金額が一〇〇億円なら、〇・一%は1000万円に相当する。
一兆円なら一〇億円。
そして、この違いが毎年積み重なってゆくのである。
かくして私は、何人かの仲間とともに、経済学者にとってはどうでもよい研究、すなわち金融「工学」の研究に、性根を据えて取り組む決意を固めたのである。
 バブルのさ中、わが国の金融ビジネスは海外に進出し、世界から恐怖の目をもって見られていた。
バブルの影響は大学にも及んだ。
金融機関が出した資金をもとに、有力大学に寄付講座が設置されたのである。
この結果、八〇年代後半から数年にわたって、海外の有力な研究者が日本を訪れる。
T大学には、H氏、B氏、D教授らが、筑波大学には、P氏やJ教授などが、半年から一年の期間にわたって滞在し、新しい金融工学の動向をわれわれに紹介してくれた。
また証券会社も、S氏、F氏、らのスターを招待し、数々の無料の(しかもたまにはビフテキランチつきの)セミナーを開催した。
これらの中で、グループに特別に大きな影響を与えたのが、H氏、J氏、P氏、D氏の四人である。
 金融工学に本格的に参入して最初に発表した論文は、平均・絶対偏差(MAD)モデルに関するものである。
超大型の資産運用問題を、線形計画法を用いて高速に解くための方法を扱ったものである。
この論文をマネージメントーサイエンス誌に投稿したのは、一九八九年のことであった。
 約半年の後、二人のレフェリーの報告書が送られてきたが、その評価は一方が○、もう一方 97が××であった。
そこで論文はエディターのJ氏教授によって、第三のレフェリーに廻されることになった。
そして投稿から約一年ほどして、J氏教授から第三のレフェリーの審査報告、が戻ってきた。
そこには、”自分はこのモデルは嫌いだ。
しかし実用性があるので、受理すべきであろう“というコメントが記されていた。
 後で分かったことだが、この第三のレフェリーは、H先生だったのである。
この結果、論文は一九九一年に日の目を見ることが出来たが、J氏教授の好意とH氏教授の支援がなければどうなっていたかと考えると、今でも冷や汗が出る。
平均・分散モデルは、経済学の大原則である期待効用最大化原理という裏付けがあるのに対して、平均・絶対偏差モデルにはそのような根拠がない。
またCAPMのような均衡理論に繋がるモデルとは思えない。

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